要 約
1. テーマ;ボリビア基礎生活分野評価
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2. 国名:ボリビア |
3. 調査実施期間:2003年8月~2004年3月
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4. 評価の方針
(1)目的
本件評価調査を実施することにより、我が国のボリビアへの基礎生活分野協力の実績を客観的に把握し、今後、同分野での開発援助をより効果的・効率的に実施するための教訓・提言を得る。また、評価結果を公表することにより、国民に対する説明責任を果たすことも目的とする。
(2)対象・時期
本件調査の評価案件は、対象期間(1996年度~2000年度)に実施された日本の基礎生活分野(保健医療、水・衛生、教育)における無償資金協力と技術協力の全案件である1。対象期間中の保健医療、水・衛生、教育の3つのセクターでの協力案件数は、以下の通りである。
1996~2000年度に実施された基礎生活分野の対象セクター・協力スキーム別案件実績
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無償資金協力 |
技術協力 |
無償資金
協力(件) |
草の根
無償(件) |
プロジェクト
方式技術
協力等2(件) |
開発調査(件) |
個別専門家
派遣(人) |
研修員受入
(人) |
青年海外
協力隊(人) |
長期 |
短期 |
保健医療 |
2 |
15 |
2 |
0 |
0 |
9 |
80 |
36 |
水・衛生 |
2 |
14 |
0 |
0 |
2 |
5 |
40 |
2 |
教育 |
1 |
27 |
0 |
0 |
2 |
4 |
17 |
16 |
基礎生活
分野合計 |
5 |
56 |
2 |
0 |
4 |
18 |
127 |
54 |
出典: 外務省「我が国の政府開発援助・ODA白書」
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日本が実施した基礎生活分野への支援の規模は、金額ベースで179億9700万円、専門家、研修生、青年海外協力隊など技術協力分野の関係者数は延べ293人。延べの受益者数は234万人で、これは2001年のボリビア人口の約28%に相当する。
(3)方法
本評価調査では、日本の基礎生活分野協力について、目的、プロセス、結果の3つの観点から評価対象案件を分析する総合的な評価手法を採用した。評価に先立ち、調査事項や情報収集先をまとめた評価の枠組みを作成した。本評価調査では、国内でのボリビア援助関係者などへの聞き取り調査や資料分析などに加えて、2003年10月と11月に現地調査を実施し、現地の援助関係者、NGO、有識者への聞き取り調査や評価分析に必要な資料の収集を行った。現地調査ではコンサルタントを雇用し、効率的に情報収集を行った。また日本の支援による影響を詳細に調べることを目的に、地下水開発と小学校建設に関する受益者調査も実施した。
(4)基礎生活分野の定義
日本の旧ODA大綱では、「基礎生活分野」は英語のBasic Human Needs (BHN)と同じ意味の表現として用いられている。「人間の基本的ニーズ(BHN)の充足」は、1960年代後半から提起されるようになった開発論で、第二次世界大戦後の復興に向けた援助の中で、経済成長のみでは貧困削減を実現するのに十分でなく、人的資本への投資(教育、保健)が重要という考え方である。本評価調査で取り扱う「基礎生活分野」の範囲は、DAC分類の「社会インフラ&サービス」の項目の中から、日本の対ボリビア援助として特に力を入れて取り組んだ「保健・医療」、「水・衛生」、「教育」の3セクターに絞り込んだ。
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5. 評価結果
(1)基礎生活分野協力の目的の妥当性
擬似プログラム: 評価対象時期には、策定された一つの援助プログラムの下で協力事業が計画・実施されたわけではないが、本プログラム・レベル評価では、基礎生活分野協力の個々の案件が一つの共通の目的を持つプログラム(擬似プログラム)として実施されたと想定して評価を行った。日本の協力の実績傾向を分析し、基礎生活分野協力の擬似プログラムの目的は、「保健医療、基礎教育、水と衛生のサービスへのアクセス度を高める」と設定した。
旧ODA大綱との整合性: 開発途上国からの離脱に向けて自助努力を支援することを強調している点、貧しい国や歴史的なつながりを持った国への支援を重視している点、基礎生活分野を重視している点で日本の協力は旧ODA大綱と合致している。
ODA中期政策との整合性: 人間中心の開発、人間の安全保障を中心にすえた開発、顔が見える援助、「貧困対策や社会開発への支援を重視していた」という点で整合性は高い。中期政策に記載されている援助のプロセスや手法については、プロセスの部分で論じる。
当時の開発課題との整合性: 全体的には、当時のボリビア政府が認識していた開発課題と整合していた。保健医療と教育セクターの支援は、一つの課題に絞り込まず、複数の課題に取り組んだ。一方、水と衛生セクターでは、上水道整備という一つの課題に取り組んだことが比較的明確だった。ボリビア政府は地方分権が重要課題と認識していたにもかかわらず、日本の協力は人口の多いラパス県とサンタクルス県を中心に実施された3。また、保健医療セクターでは、プライマリーヘルスケアの充実が重視されていたにもかかわらず、日本は二次・三次のケアに関する支援を実施した。これら二点が比較的整合性の少ない点だった。
(2)基礎生活分野協力の計画と実施のプロセス
(a) |
基礎生活分野協力の計画過程
日本の開発援助は、相手国政府の自助努力を促進するため、基本的に「要請主義」をとっている。現地調査では、まずボリビア政府の案件ニーズ調査のメカニズムについて調べた。案件ニーズ調査のメカニズムは1997年に設置されたばかりで、地方や県レベルのニーズも反映されたものの、計画立案などの組織能力レベルが低かったために、必ずしもボリビア政府が重視していた地方分権化、大衆参加に基づく案件の形成が実行できていなかった。このように地方や県、中央レベルから出された案件に対して、基礎生活分野関連の省庁が優先順位をつけることになっていたが、必ずしも合理的または客観的な基準で判断されたようではなく、ボリビア政府側が正確にボリビア国民のニーズを反映した案件形成を行えていたかは疑問である。
一方、要請を受ける側の日本は、1997年まで援助スキームごとに業務担当を分けており、同じセクターでもスキーム間の連携を考慮した案件計画はあまり行われなった。関係者への聞き取り調査では、日本の協力の計画過程では、ボリビア政府の国家開発計画、各セクターの中長期計画、日本のスキームの比較優位性4、これまでの案件との継続性が重視されたという意見が多かった。当時、ドナー間の協議や協調が全般的に活発でなく、日本の協力の計画過程では、余り他ドナーと協力することはなかった。また、当時NGOが協力の計画過程に関与することも少なく、草の根無償資金協力を通じての協力に留まった。他ドナーやNGOとの協力は旧ODA大綱、中期政策でも重視された事項だが、日本の基礎生活分野協力では余り実行されなかった。計画過程の効率性については、効率性を定義するのが困難だったために、聞き取り調査対象者の中でも意見が分かれた。他ドナーからの聞き取り調査によれば、日本のODA(無償資金協力やプロジェクト方式技術協力など)の協力案件の承認プロセスには時間がかかりすぎるとの意見があり、今後要請から案件承認までのプロセスが簡素化されることが望ましい。
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(b) |
基礎生活分野協力の実施過程
日本の協力案件の実施に関する運営管理は、基本的にJICAが担当した。草の根無償資金協力は在ボリビア日本大使館が運営管理した。協力の実施過程のモニタリングは、基本的に案件に携わる建設請負業者やコンサルタントがJICAボリビア事務所や在ボリビア日本大使館に定期的に報告する形で行われた。当時は、プロジェクト・デザイン・マトリックス(PDM)などロジカル・フレームワークを用いた案件形成やモニタリング・評価がほとんど行われておらず5、建設請負業者やコンサルタントの報告だけに頼るモニタリング評価システムでは十分でなかった。特に、ボリビアは政権が交代すると政策が大きく変わるために、同じ土俵に立って実施案件を継続的にモニタリングし、案件の効果を高め、質を向上させるためには、モニタリングのシステムを強化することが重要である。一部の案件では、地方分権化の流れの中で、人材、資金、組織能力の乏しい県・市などの地方政府では、案件実施の運営管理が適切にできない場合もあり、ボリビア中央政府に改善を求めたが、中央政府と地方政府の意思疎通や連携が十分でないために、事態の改善は容易に行われなかった。
現地での聞き取り調査によると、日本の協力の計画過程は時間がかかったが、実施過程は比較的迅速に進んだとの肯定的な評価を受け、特に無償資金協力や草の根無償資金協力を実施した小学校建設は、他ドナーが支援していた社会投資資金(FIS)に比べて非常に効率よく実施されたとの評価を受けた。特に、日本の援助スキームの中でも草の根無償資金協力は承認から実施までが3~4ヶ月と短期間で、供与を受けた団体からは高い評価を受けていた。
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(3)基礎生活分野協力の結果
(a) |
有効性
聞き取り調査では、擬似プログラムの目的は、「ある程度は達成されたが、指標化するのは困難」との意見が多かった。基礎生活分野関連の省庁、ボリビア統計局から入手した県ごとの社会経済指標を分析しても、日本の貢献分に関するデータが入手できなかったために、全体的には擬似プログラムの目標である「基礎生活分野へのサービスへのアクセスが向上した」と明確に関連づけることは困難だった。しかしながら、保健医療セクターでは、サンタクルス県の受療回数が増加、ラパス市郊外にある草の根無償資金協力の被供与団体での外来患者数が増加しており、日本の支援により「保健医療サービスへのアクセスが向上した」ことが定量的に証明された。このように、ボリビア全国レベル、県レベルの社会経済指標を用いて日本の貢献度を明示することは困難だったが、小学校建設計画と地方地下水開発計画に関する受益者調査では、概ね肯定的な評価結果が出ており、日本の基礎生活分野協力が受益人口の基礎生活の向上に貢献していることが分かった。 |
(b) |
インパクト
聞き取り調査によると、日本の協力により発生したインパクトの例としては、1)ドナーとの連携による相乗効果、2)女性の地位向上、3)地下水開発計画による衛生状況の改善、4)小学校建設計画や地方地下水開発計画によるコミュニティーの地域社会活動の活性化などが挙げられた。日本の基礎生活分野協力は、サンタクルスの通称「日本病院」(サンタクルス医療供給システム計画)がボリビアの最良な病院として保健省から表彰されたことに見られるように、親日家の増加にも貢献した。
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(4)教訓・提言
(a) |
目的
本評価調査では、便宜的に擬似プログラムを設定した上で、日本のボリビアへの基礎生活分野協力を評価した。しかし、実際には、評価対象期間には、同分野協力の指針を示すような基本的な考え方は明確ではなかった。同分野協力の基本方針の下に協力プログラムがあるべきで、ボリビアへの同分野協力のあり方を再検討することが必要である。基礎生活分野協力のあり方を再考する際に、ODA中期政策が目指す人間を中心に据えた援助のあり方、「人間の安全保障」の概念が参考になると思われる。基礎生活分野協力には、保健医療、水・衛生、教育セクターの社会開発への協力が集中するのではなく、雇用機会の創出や職業訓練など、貧困状況から脱出し、生計を維持する能力の向上に協力することも重視すべきである。
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(b) |
計画過程
同分野協力への取り組みの基本的な考え方を取りまとめ、それを日本の協力の案件計画・形成の指針とすることが望ましい。本評価調査対象となった地方地下水開発計画、小学校建設計画、サンタクルス医療供給システム計画などの事例に見られるように、基礎生活分野協力の効果を高めるためには、ハード面とソフト面の両方からの協力が必須である。かかる観点から、基礎生活分野への取り組みの基本的な考え方、現在進行中の案件、今後の実施予定案件などを十分に説明し、他ドナーからの協力を取り付けることが必要である。ボリビアではNGOが基礎生活分野で活発に草の根レベルの活動を展開しており、今後も継続して同分野で草の根無償資金協力を戦略的に活用することが肝要である。 |
(c) |
実施過程
評価対象期間には、ボリビア政府の政権交代や地方分権化が促進されたために、協力案件の実施過程でのボリビア政府の対応が円滑でない場合も見受けられた。そのような事態に効果的に対処するためには、在ボリビア日本大使館とJICAボリビア事務所がこれまでに増して十分に連携することが重要である。PCM(Project Cycle Management)手法6に見られるロジカル・フレームワークを活用したモニタリング・評価の体制を強化し、案件実施期間中の案件内容の品質管理を行うべきである。 |
(d) |
結果
本評価調査対象となった我が国の案件のうち、計画段階で案件の目的達成度を測定する指標が設定されている案件はほとんどなく、各案件がどの程度プロジェクト目標や上位目標を達成したのか、ボリビア全国レベルの社会指標の改善にどの程度貢献をしたのかを分析するのが、非常に困難であった。我が国の基礎生活分野協力による成果やインパクトを正確に把握し、質が高く、効果・効率性の高い案件に改善していくためにも、計画段階において、モニタリング・評価に活用する目標や成果の達成指標の設定することが重要である。成果の発現度を測るために設定する指標は、プロジェクト目標によっても若干異なるが、プロジェクトの受益者を対象として、本文「3.3.1有効性」で用いた指標を収集することができれば望ましい。それができれば、ボリビア全国レベル、県レベルとの比較、ボリビア基礎生活分野に対する我が国の同分野協力の貢献度を定量化することが可能になる。 |
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1 有償資金協力(円借款)については、1990年から新規案件の形成は見送られ、更に1997年にボリビアはHIPC(重債務貧困国)イニシアティブの適応国となったことから、対象期間中の新規の円借款供与の実績はない。対象期間中に日本が実施した協力案件は、贈与(無償資金協力、技術協力)に限られる。
2 専門家チーム派遣、研究協力も含む。
3 地方地下水開発計画はチュキサカ県、オルロ県、タリハ県も対象としていたが、全般的には我が国の協力の実績分析によればはサンタクルス県、ラパス県に集中した。
4 日本のスキームがもつ比較優位性の一例としては、無償資金協力のスキームや草の根無償のスキームを通じて、病院や地下水をくみ上げる井戸などを建設できることであると一般に考えられている。他のドナーのスキームは、比較的コストが低めに抑えられる技術支援などを中心とするものが多く、インフラ建設を積極的に行っているドナーは少ない。
5 草の根無償資金協力は、申請者から中間・最終報告がなされるシステムとなっており、プロジェクト・デザイン・マトリックス(PDM)の作成は義務付けられていない。
6 PCM手法とは、開発援助プロジェクトの計画立案・実施・評価という一連のサイクルを「プロジェクト・デザイン・マトリックス(PDM)」と呼ばれるプロジェクト概要表を用いて運営管理する手法である。